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左から水野直樹京都大学教授コーディネーター、
上田正昭京都大学名誉教授、
仲尾宏京都造形芸術大学客員教授 |
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コリアンサロン「めあり」が朝鮮通信使来日400周年を記念して、「朝鮮通信使に学ぶ」と題して、2007年11月8日(木)午後7時、京都市国際交流会館イベントホールでシンポジウムを開催し、京都市民や在日コリアン約170人が参加した。
先ず、コリアンサロン「めあり」が、2007年11月6日(火)午前11時、耳塚で開催した「耳塚(鼻塚)共同慰霊の集い」の模様がスクリーンで紹介された後、記録映画『朝鮮通信使と民衆』が上映された。
シンポジウムでは、水野直樹京都大学教授がコーディネーターを務めた。はじめに上田正昭京都大学名誉教授が「朝鮮通信使と雨森芳洲」と題して朝鮮通信使から学ぶべきものとし、「豊臣秀吉の朝鮮侵略の戦後処理として朝鮮通信使が始まり、見事に戦後処理がされた。」、二つ目は「徳川幕府は朝鮮をはじめ琉球王朝、オランダ、そして中国とも外交関係を開き通商は活発だった。江戸時代は完全鎖国時代だったいう歴史観は間違い」、最後に「第7回から日本の民衆と朝鮮通信使とが交わりをもった。各藩の大名と知識人だけではなく民衆が参加した善隣友好だった。まさに『民際』外交が行われた」の3点をあげた。
さらに、対馬藩儒者であった雨森芳洲の『互いに欺かず 争わず 真実をもって
交わり候を 誠心とは申し候』という「誠心の交わり」は、現代において、学ぶべき「外交の指針」であると力説した。
仲尾宏京都造形芸術大学客員教授は「朝鮮通信使と京都」と題して、朝鮮通信使が京都に訪問した事例を詳細に報告、伏見で国書交換式が京都所司代との間で行われた事を説明した。
上田正昭氏は「明治以後の歴史教育の中で、朝鮮通信使は完全抹殺。豊臣秀吉の評価は日本の朝鮮侵略にタイアップし広がった。歌舞伎でも「太閤記」が盛んに演じられるようになり、朝鮮侵略が美化された。」と語ると仲尾宏氏は「戦後も、アジア蔑視の風潮が続いている。朝鮮通信使の研究が進むにつれて、それらは間違いであった事を朝鮮通信使を通じて学ばなければならない」と訴えた。
水野直樹氏は「朝鮮通信使は毎回にように京都にきて宿泊したり、幕府の将軍らと会見を行っているにもかかわらず、それを表すものが何もない。今年は朝鮮通信使来日400年ですから、ぜひこの機会にゆかりの地に、説明板か石碑を建てたいと思っています。京都市にも働きかけたい」と朝鮮通信使の正しい歴史を知ってもらうための記念碑建立の必要性を訴えた。
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