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16世紀末天下を統一した豊臣秀吉がさらに大陸にも支配の手を伸ばそうと、朝鮮侵略(壬辰・丁酉の倭乱1592〜1598年)の際、殺害した人の耳や鼻を持ち帰って埋めた京都市東山区にある慰霊碑前で2004年10月22日午前11時、恒例となった慰霊法要が執り行われた。
慰霊法要は民団京都・東山支部が、耳塚築造四百周年にあたる1997年から開いているもので、今年で八回目になる。今回は、2004年11月24日、ソウルで開催される全国支団長交流会で上映しようとこの模様を中央本部担当者が現場を訪れた。
全員で黙祷後、姜石子 支部婦人会会長ら二人が献花し、金東出 支部常任顧問 司会の者、鄭宗均 支部顧問 執事者として黄勇 支団長が祭主として線香と酒をささげた後、京都国際学園の趙那熙さん(中3)が金成孝 支部監察委員長作の詩(題目:耳塚にて)を朗読し犠牲になった人々の霊を慰めた。民団、婦人会幹部ら60名の参加者が次々と焼香し、耳塚に手を合わせた。
金有作 本部団長は「悲劇的な歴史を知ってもらうためにも今後も文化事業として法要を続けられ、新しい韓日相互理解の輪を広げて下さい」と呼びかけた。
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